岐阜羽島の駅前で
待ち合わせまでの時間、少し仕事をしようと喫茶店に入って、
ホットコーヒーを頼み、作業しはじめる。
しばらくして、トレーから何やら
バスケットとカップが目の前に置かれる・・。
あれ?
頼んだのはコーヒーだけなのに、
トーストやサラダやデザートの入ったバスケットがある、
一瞬、ドキッとし、
メニューにもなんにも書いてなかったぞ?
とメニューを確かめ、
間違いじゃないかと
一緒に置かれた伝票を見ても
コーヒーとしか書かれていない・・・。
他に頼んでいた人はいないし、
よく見ると周りの人たちの席にも同じバスケットがある・・。
・・・サービス?
・・あ、そうか、
これが話に聞いていた、岐阜の喫茶店のモーニングか!
期せずして体験してしまった、岐阜のモーニング。
噂には聞いていたけど、何なんでしょう、
このサービス精神は・・・すごいな〜。
この辺りから愛知まで
喫茶店ではコーヒーにはいわゆる『モーニング』が必ずついており、
その内容により、お店が選ばれるらしい・・。
待ち合わせにやってきた工務店の社長さんに
その由来を聞いてみました。
何でもこの辺りでは、
もともと繊維業が盛んで家内工業のような形だったため、
近所の人や打ち合わせにやってきた人たちと
ちょっと話すときに近くの喫茶店を使うことが多く、
その際に小腹が空いているから、と
ちょっと食べるものをつけてもらったり、
お店がサービスで出したりしているうちに、それが定着したんだとか。
・・ふうむ、なるほど・・。
岐阜よりもどちらかというと愛知のほうが
モーニングの内容は豪華で、
それを競い合うコンテストなんかもあるそうな。
茶わん蒸し(!)なんかもついてて、
しかしそれはそんなに
珍しいことではないらしい・・・。
しかし、コーヒーの値段だけで(写真のセットは420円也)、
こんなにつけて、経営としてどうなんですか?と訊くと、
う〜ん、テナントとして借りてるようなところは大変なんでしょうけど、
自分ちが店だと大丈夫なんじゃないかな、
原価の高いものでもないし、
というお答え。
そうか〜。と一応は納得。
成り立ちを聞いたの初めてだったので。
でもこれは産業や
そこから生まれた生活の在り方だけが
モーニング文化の生まれてきた理由ではないような気がします。
もっとその土地に根差した地域性というか
風土に育まれた県民性のようなものが
根底にはあるなあと。
一言では言えませんが・・・。
たとえば、愛知には
美味しいお菓子を作っている会社が割合あるのですけど、
そのルーツには、その地域がお茶の産地で、
お茶と一緒に食すお茶菓子文化も一緒に育ってきた、ということ
なんかが背景にあるそうです。
そういう食べ方の伝統なんかも根底にあるような気がします。
そして、それが可能な豊かな土地だったということも言えますね。
広くて十分に命を養ってくれる土地に抱かれているような感覚が
ここの風景にはあります。
京都だと、
コーヒーってもうちょっとストイックに楽しむ雰囲気がある気がします。
その背景には、ものすごく手短に言えば
伝統的に学問や芸術の場ということもあるのでしょうが、
そうした志向を育んできた根底には
盆地で山に囲まれ、
夏冬の不快さを物理的工夫と精神性で乗り越えていく、という
風土から与えられた方向付けもあったように思います。
そういうことが
今、目の前にある一杯のコーヒーを供す形にも
繋がっていると思うと、面白いですね。