気がつけばもう明後日までの開催。
仕事の合間にあわてて駆け込むような具合。
ホノルル美術館所蔵のコレクションだそうです。
浮世絵など、海外の方が湿度などの関係で保存状態がよく
元の色などもよく残っていることが多い、と聞いたことがあります。
展示も保存を考慮してか、暗い照度設定です。
会場は沢山の人で賑わっていました。
北斎の作品は数年前に小布施で実物を目にして
とても感動した覚えがあります。
今回は北斎の作品が若い頃のものからずらりと並んでいたので
また違った見方をすることが出来て面白かった。
どれも見応えがあるのですが、
晩年の作品の方が自由度が増し、
絵自体が活き活きとしている印象がありました。
画面の中が動いているような。
線も見方も、対象物を描きながら、
その内面で動いているものを捉えているかのようです。
それをとらえるために、
外観の写実としての制約からは自然に離れた表現になっているのですが、
そのことでその本質はかえってあらわになります。
そして見ている側の印象としてはそこに不自然さは感じない・・。
三次元的な理屈で見ればおかしいのですが。
風景画を見ていると
そこでは人も風景も一続きのものになっている感じがあります。
風や水や土地の持つ動きに人も感応している。
分け隔てることなく、
そこに存在する大きな流れのようなものの中にあって
それぞれが存在しているさま。
互いが呼応しあい関連しあいながら
画面を生み出している線や形や構図を通して、
北斎は、ありのまま、ひと繋がりの世界を、
素直に感じたままに
絵として表現することを追い求めていたように思います。
そこには私たちが常識や日常として把握している固定化した世界観とは
また違った世界観があります。
固定化した三次元的なものの見方に制約されていてはとらえきれないが
ありありと存在するものがあることを感じさせてくれます。
ひと繋がりで分離されていない世界の中にあって、
人々の表情も動物や植物や風景も、
落ち着いていて、どこかかわいらしいような表情、印象があります。
そしてのびのびと、活き活きとしている。
ちょっとうらやましいようです・・・。
江戸の人たちがこうした世界の中に住んでいたのかどうかわかりませんが、
北斎が描き残したということは、
事実そうだったのかもしれないし、
少なくともそう感じられる可能性の中にあったということは言えます。
そしてその絵を見て、
何かを感じられるわたしたちのなかにも
そのような場として世界を生きる可能性があるのではないでしょうか・・。
そんな幸せな感じを味わえる楽しい展覧会でした。
北斎さん、きっと面白い素敵な人だったのでしょうね。
こんなに素晴らしい絵を残してくれてありがとう!!!
・・そう言えば、
展覧会場で年譜を見ていて気がついたのですが、
今はまって読んでいる時代小説『澪つくし料理帳』の時代設定は
大体北斎の生きた時代とだぶっています。
風景や人々の様子が偲ばれます。
作中にも出て来る清右衛門先生こと、曲亭馬琴(と推測)は
北斎の友人だったようだし、そのうちあの小説の中にも
北斎がふらりと姿をあらわすかも、
とか勝手に想像して楽しんでいました。
25日まで、機会があれば、ぜひお運び下さい!