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森田建築設計事務所 現場レポート 『木屋町御池のお店』2
展覧会等あってここで紹介できなかったうちに
現場はかなり進んでいる。



これは12/18の時点。カウンターや床の下地が出来上がって来ている。
前回からかなりの変わりよう。これをもう少し引いた位置から見ると、



このように床が上がっているのが分る。
ここに風を通して、ファン等による屋外への排気に対する
空気の供給を行う為のルートにした。
ちょうど昔の日本家屋と同じように
床下を通風する状態になっている。
この床下には炭を敷設し、調湿や夏冬の床下温度の安定、
空気浄化等様々な効果を期待している。
ここを通った空気は店内へ供給されていく。



今回はこのような不織布袋入りの杉炭を使った。



12/21の様子。厨房内よりみる。左の下の方に床下からの吸気口が見える。
山桜のカウンターがセッティングされている。




おおよその形は出来て来たが、ここから仕上げ作業で大詰めを迎える。
年末ぎりぎりまで、現場は動きそうだ。皆様ご苦労様です。




| - | 01:45 | - | - |
くらしのかたち展 前半
14日から始まった『第4回くらしのかたち展』、
おかげさまで沢山の方々に来ていただいています。
どうも有難うございます。
今日16日で前半を終え、
明日から折り返し後半の3日間+ライブへ向かいます。
初日は開場が遅れるなどの不手際もあって、
来ていただいた方々にご迷惑をおかけしましたが
おかげさまで何とか3日目まで参りました。

15日にはお話会『家について 土地―家―人のむすびかた』に
沢山の方々に来ていただき、どうも有難うございました。
皆さん大変熱心に聞いていただきました。
当日のことについて、一緒にお話下さった重松さんがブログ
に書いておられます。
今後、この会から何か発展していきそうです。楽しみです。
又改めて感想等書きたいと思います。

16日、アロマカウンセリングは来ていただいた方々の表情の
前と後での変わり具合が見ていてとても興味深かった。
終わった後で、それぞれに顔を輝かせて下りてくる様子を見ていると、
香りの人への効用、また
それが愛情を持って伝えられるとこんなにも生き生きしたものになる、
ということにあらためて想い至りました。有難うございました。





これは鍛鉄製のキャンドルスタンド。
『十字』のかたちの上で灯す火は、
日常と違う意識を生活の中にもたらしてくれるでしょう。
・・・そのようなことを想いながらデザインしました。
上の写真の燭台は食事の際にテーブルの横に立てて使うのもよいですし、
下の写真の方は壁掛けでも卓上でも使えるように
ちょっと工夫がしてあります。
会場で手にとってご確認下さい。
荒々しくなりがちな鍛鉄を
繊細さのある仕上がりで作って下さったのは宇根田さん。
槌目がついて、蜜蝋を焼き付けた
自然な仕上がりは手仕事である鍛鉄独自の味わいで、
鉄の素材の魅力を感じさせてくれます。
森田建築設計事務所の設計する物件の中でも
色々なものを作っていただいていますが、
それがあることで
細部から空間が生き生きしてくる様子を実感しています。


くらしのかたち展
後半3日間+1日、よろしくお願い致します。




| くらしのかたち展 | 00:16 | - | - |
臼杵さんのつくるもの 〜『くらしのかたち展』
りほうにて開催中の臼杵さんの個展に行った。(火曜まで)



一足早い誕生日とクリスマスのプレゼントと口実(?)を設け、
我家では漆塗りの飯椀を二つ、二人用に購入する。
臼杵さんが一つ一つ手刳りで木(桜)の固まりから彫り出して、
岩手県浄法寺の国産漆を塗ったものだ。


臼杵さんの器で食事をすると元気になりそうな気がする。
手に取ってみると何だか有り難いものに見えてくる。
一見、粗野な仕上がりなのだけど、とても繊細な部分も併せ持っている。
そこには現代の人の感性とは思えないような、
人が自然の中で動物や植物や様々な精霊や神々と
一緒に生きていた頃の感性が息づいているようで、
その中で命が生き生きしている。

臼杵さんのつくるものの向こうには
そんな時代の風景や建物、室内の様子やくらしが見えてくるのだ。
それは例えば、溝口健二の映画『山椒大夫』に出てくる館であったり、
堂々とした梁組の下、大黒柱のある土間で
家人達が立ち働いている様子であったりするが、
大地にしっかりと根っこが生えたような暮らしぶりだ。

それは臼杵さんのつくるものに共通して感じられるもので、
それを感じたくて、一緒にものをつくったり、
ものを買ったりするのかもしれない。

今回のくらしのかたち展では
臼杵さんには器やまな板、
そして座卓(受注を受けて制作したものを購入者のご好意で特別に展示。)
などを出品してもらいます。楽しみです。
| くらしのかたち展 | 23:51 | - | - |
森田建築設計事務所 現場レポート 『木屋町御池のお店』1


木屋町御池を上がったビルの一階に飲食店を工事中。
今日は解体が終わり、配管工事が始まったところ。
以前お店だった時の痕跡が壁などに少し残っている。

工事前、スケルトン状態の時のビルの中はいつも独特の空気だ。
閉め切った空気の中に、前の店の気配や想いが残っている。
その気配を払拭して、新しい場に作り替えていく。
その際、その場にある何か潜在的な力が見つかると、
方向性が見えてくるものだ。

ここでは現場を最初に見た時に、
奥にあった壁の外に外部空間が少しあることがわかった。
ビルの外壁とは構造的に関係のない、
前の店がつくった壁だったので、少し穴をあけてみると、
そこから光が射し込み、
風の通り道が出来て
入口の方から入った風が通り抜けていった、
と同時にこもっていた気も抜けていった。
場が息を吹き返して、このあたりの気を吹き込んでくれた。
木屋町でもこのあたりはざわつきがなくて、
高瀬川や並木に風情のあるしっとりと落ち着いた場所だ。

そんな気配を店の中に感じさせる場をつくる事が
この店の設計の方向性になった。
それは店のコンセプトとも合致している。

・・・どうなっていくのか、この写真の状態からは全く想像つきませんね。
色々な工夫を考えて設計したので、
またここで経過を報告していきます。
| - | 13:11 | - | - |
冬至に想うこと〜上門前でむすぶ催し『クリスマスの夜に・・・音楽会』
くらしのかたち展を締めくくる形で
12/20の夜に上門前の家で
『クリスマスの夜に』と題してライブを行います。
ソプラノヴォーカルとギターとバイオリンのシンプルな構成で
クリスマスの歌と皆がよく知っている歌を演奏します。


20日はことだまの会からちょうど2ヶ月目で、冬至の二日前。
冬至は一年で一番日が短くなる日で
この日を境にまた日が長くなっていく極まりの日。
洋の東西を問わず、古くから
色々な形で祭祀が行われてきた重要な日。
太陽神の誕生日であったり、一年の始まりとも見なされた。
キリストの誕生日=クリスマスがこのあたりなのも
歴史的事実と言うよりは、そういう象徴としての意味合いの方が
大きいようだ。おかげで今でもその日を皆で祝えるようになったのだけど。
(意味を忘れがちだけど・・。)

一年続いて来たいのちの営みが受け渡され、
新たな一年のいのちの営みが始まる日。
太古より延々と繰り返されて来た
そのむすびがあって
今のいのちがある。今の自分たちがいる。

冬ごもりしている動物達は眠りの中で
その受け継がれて来たいのちの流れに浸りながら
春の目醒めを待っているのではないだろうか。
と、雪の中で丸くなって眠る動物達を描いた
ある版画を見て想ったことがある。

親の親の親の親の親・・・
みおやから受け継がれてきたいのちの先に
今の自分がいることの奇跡、有り難さ。
冬至と言うのは
そういうことを静かに想ってみる日なのかもしれない。


そんなことを想いながら、
この日の曲を選んでみました。


『上門前でむすぶ催し クリスマスの夜に...音楽会』
12月20日(木曜日)
※くらしのかたち展が12月19日(水)の次の日
開場6時30分 開演7時
場所:上門前の家 森田建築設計事務所
チャージ:1500円 子供は無料※ケーキ付き
ソプラノ 稲葉ユキ
ギター 浦川浩一郎
バイオリン 森田徹

予約制 森田までメールでご連絡下さい。
| くらしのかたち展 | 21:48 | - | - |
かえるところ
一日外にいて外食をして帰ってきて、
家の食事を食べているとき
なんだかほっとして、体の奥の方がゆるんでくるのを感じた。
帰って来た、と安心する。
ふと、家の味というのはこういうことか、と思う。
子供の頃のとは違う、これが今の自分の家の味。
これが今の自分のかえるところ。
体の内に出来たかえるところ。
女性が家で家族の為に作る料理は
そんなはたらきをすることができる。



| - | 00:55 | - | - |
『顔なし』は何をあらわしているのか
映画『千と千尋の神隠し』で
『顔なし』というキャラクターが出て来るが、
これが何を表しているのか、何を象徴しているのか、
よくわからなくて、長い間何となく考えていた。
最近ふと、もしかするとこうではないか、
と思った解釈がある。

あれは『現代の日本人の象徴』なのではないだろうか。

金にモノを言わせて
湯屋のありとあらゆる食べ物を食べまくり、
もとの姿を見失うくらいどんどん大きくなって、
勢いづいて荒れ狂うが、
千尋の『こころ』は金では手に入れられない。

日本は敗戦後、本当に大切なものも見失って
自分が誰だったのか忘れてしまった。
何を考えているのかわからない(=顔なし)と
諸外国から言われ、しかし経済大国として大きくなって
それなりの存在感を世界の中で占めるようになった。
だが、見失った大切なものは金では取り戻せない。

それを千尋に指摘された『顔なし』は
毒出しして元の大きさに戻り、
千尋に付いていく。
失った『こころ』をもう一度取り戻す為に。
自分が誰だったのかを思い出す為に。

・・・という解釈だが、どうだろうか?

『顔なし』を『現代の日本(人)の象徴』と解釈すると、
『どうして本当に大切なものを見失う様なことになったのだろうか』
とか
『湯屋というのは神様が湯治に来る所だがそこにどうして入れるのだろう』
とか
何だか色々なことに想像が広がっていく。
その過程で、日本がどういう国なのか、ということを
考えてみる事が出来るし、
気づく事も沢山有るように思う。

本当の所はどうなのかわからないが、
この解釈は色々なことを考えるきっかけを与えてくれそうだ。



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