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基礎と刻み  ( あやうたの家 6 )

 


橋の上の列車の車窓から見る、朝の瀬戸内海。
穏やかな水面、沢山の島。
讃岐へ

臼杵さんの家の現場に
基礎の配筋検査と打ち合わせに行きます。



現場では基礎配筋が終わったところ。
家の位置と大きさが見えてきました。

元々ここには家が建っていました。
他所からの移築で建てたものだったそうで、
かつては古民家移築というのは割合普通のことだったようです。
昔は材の加工も手作業でしたから、
使える古材は繰り返し使われていました。




東向かいの斜面に向かってひらけています。
朝日がこちらから差し込んできます。
向かいの斜面には漆を植える予定だそうです。

検査と打ち合わせのあと、
玄関周りで使う延べ石を探しにいきました。


一方、
上に立ち上がる木の部分の加工が
会津で進んでいます。

加工を行っているのは 
材を購入したオグラさん()の協力業者で
上ん台の樹 の酒井建築さん。
長かった今年の冬がようやく明けて、今月末の棟上げに向けて
作業を進めています。




四国に建てる家の刻みを会津で行っている、なんと?
という感じもあるのですが・・。
ちょっと、ひもといてみると面白いことが見えてきました・・・。


材を購入した会津のオグラさんは代々の木地師の家系だそうです。
少し調べてみると、

木地師の先祖はそもそも、
小野宮 惟喬(これたか)親王の家来、太政大臣小椋(オグラ)実秀で
全ての木地師はここに繋がるとか。
山の七合目より上の木は自由に伐ってよいというお墨付きを持ち、
近江の東小椋村を本拠として、
各地の山を回遊して木を伐り加工していたそうです。

彼らと密接な関係を持っていたのが
うるしかき・塗師たちで、
木地挽きした器などに漆を塗っていました。
(・・・この辺りの消息は 宮本常一著『山に生きる人々』 に詳しいです。
面白いので興味があればご一読を。)

漆をかいて木工を行う臼杵さんが
木を求めてオグラさんに出逢ったこと。
漆を植えて漆をかき、
それを自分の加工した木工に塗る、
という、ある意味、とてもシンプルに
木工の本来のありように立ち返ろうとしている、
臼杵さんの本拠とする場づくりに、
そうしたルーツに繋がる人々が関わっていること。
その流れがここに注ぎ込まれていることは、
見方によっては、
ある意味とても自然なことのようにも見えてきます。



























| 『木を植える (あやうたの家)』 | 19:40 | - | - |
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