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南会津へ行く 3 ( あやうたの家 4 )

 近くに前川集落という、
かつての曲り屋の姿をそのまま維持しながら
生活の場としているところがあると聞き、見に行きます。




草屋根は緑の風景によく調和します。



大きな草屋根の曲り屋が並びます。

軒が高いのは雪深いところだからでしょう。
それくらい積もったのでしょうね。
今はだいぶ雪も減ったそうですが、
昔は積もった雪を踏みかためて歩いたそうです。



北関東から東北に向かっていくと
民家の軒が段々上がってくるのはそれが大きな理由だったのでしょう。
それがまた、西国にはない独特の力強い表情を感じさせます。






屋根を元のように萱で葺き直していました。

今は囲炉裏のない家が多いでしょうから、
煙で燻して草屋根の耐久性を上げることができません。
屋根の傷みは早いのではないかと想像します。
維持していくのには、きっと色々なご苦労もあるでしょうが、
この美しい景観を守っていただいていることに感謝します。



移築した資料館。
この中はかつての姿を復元しています。




土間に面した囲炉裏のある板の間。
天井はなく、吹き抜けています。



その隣の部屋。亀屋さんの囲炉裏の間はここにあたりますね。
この部屋も囲炉裏がありますから天井はなく、
小屋裏まで吹き抜けています。



火伏(ひぶせ)と呼ばれるお守り。豊穣を祈願するもの。
アジアの国々でもその象徴としてよく見られます。




小屋裏の光。


雪国で天井のないこの開放的な造りはきっと寒かったでしょう。
寝室になる部屋は天井も低く、壁で囲まれていました。

囲炉裏は直火で当たっている面しか暖かくないので、
暖房としてはそれほど効果的なものではありません。
今の生活感覚では住みこなせないですね。


民家の形が継承されても
それを成立させていた生活を継承することは難しいことです。

ここではまだかつてのように
専業ではないかもしれませんが、農業が営まれており、
環境もそれなりに保たれているので、
多分、かつてのたたずまいや雰囲気と
それほどかけ離れてはいないと想像されます。



1907年に大火にあって、村中が焼けたときに
元通りに直そうと、村の人たちが一致して、
各地から大工や職方を集め、
全戸かつての姿に造りなおしたという、皆の決意があったことが、
今この場所をこのように維持していく大きな原動力になっているのでしょう。



しかし、それがうなずけるくらい、
ここは周りの環境とよく調和した、
平和で美しい集落です。



集落の真ん中を山から流れてくる豊かな水。

多分、この水に出会ったことから
ここに住もうと決めたのではないか・・・
と、この集落のはじまりのときのことを想像してみます。



その水で水車が廻っていました。


この近くにはもう一か所、
有名な大内宿というかつての姿をそのまま残した集落があります。

そちらはかつての街道沿いの宿場町です。
そこから紆余曲折、
主要な街道が別に通って物流や交通が減って、
半農半宿から農業だけになったりと、
時代や環境の変化を受けて、色々な過程を経ながらも、
かつての姿や村の組織が維持されていたことが
昭和40年代になってから評価を受けました。
その姿を維持していく方向性がとられ、
今では有名な観光地になって、
観光バスが乗りつける場所になりました。

そちらにもせっかくなので行ってみました。



ちょうどこの日は集落の神社のお祭りの日でした。
高倉神社といい、高倉宮以仁王を祀っています。
平家討伐の令旨を発した皇族で、
この地に逃れてきたという伝承があるそうです。




地道の両側に妻入りで寄棟の細長い家が
立ち並んでいます。
今はほとんどが土産物屋、飲食店など
観光客対象の営業をする店になっています。



本陣のあと。
街道筋なので、大名が宿泊することもあったのでしょう。
大きな建物です。中は資料館になっています。




この宿場で最古の家。400年を経ているそうです。

ある意味、かつての宿場町らしく
今も観光や旅で訪れる人たちをもてなす商いの場として
維持、成立している姿を面白いな、と思いました。


この二つの集落は古い姿を残しながらも
全く対照的な在り方をしています。
現代にあっても、
かつてのその集落の成り立ちに沿った発展、
在り方をしているのは興味深いことです。

しかし、どちらにも集落全体での合意や決意があったことが
その姿やまとまりを維持していくために
必要だったことでしょう。

それにしても
皆の同意を得られるだけの魅力が
そこにあったのは、ある意味幸せなことです。
それを足掛かりにして、現代にかつての姿を継承することができました。

過疎に悩み、農地や家々が荒れて廃れていく状況を抱える
現代の地方の多くの場所には
そのまま参考にはならないのかもしれませんが・・・。


その場所の可能性や
潜在した魅力を新たに見つけたり、生み出すことができれば
またかつてのものを引き継ぎながら、
新しい場づくりができるかもしれません。

そのことの方に少し光が見えるような気がします。
どんな場所にも何らかの可能性がないとはいえないからです。

例えば・・・



この旅の間に臼杵さんは
あちこちで漆の木を見つけていました。

今は放置されて誰も見向きもしていない、
忘れ去られた存在になっていますが、
これから漆がとれることを誰かが示して見せれば、
その扱いは変わるかもしれません。


臼杵さんがこれから造ろうとしている
自分の住まう場所でしようとしていることは、
単なる住まいづくりばかりではなく、

あの場所の新しい可能性を生み出していくこと、
そこから何かが生まれていく場所になって、
土地に根差しながら、
人がまた集まり交流する場所になっていくこと、

そんな夢も含まれているような気がするのです・・・・。

そのこころみは
ほんのささやかな始まりであっても
いいのだと思います。


実際に使う木材を見ながら、
臼杵さんが今回案内してくれた場所には
その無意識にある夢を、
確認して、こちらに伝えるようなことも
意図せずに含まれていたのかもしれません。



































| 『木を植える (あやうたの家)』 | 15:41 | - | - |
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