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森田建築設計事務所 現場レポート 『M邸』 改装工事 9


 内部の大工工事が終盤を迎え、左官工事が始まりつつある現場。
ほぼ最終の形が整った。

今日は表側のポーチの庇も出来上がった。
打ち合わせをする櫛谷親方と大工さん。



軒の低いポーチ屋根。
建物としてもこれが出来て姿が落ち着いた。
低くてこじんまりとした庇は親密さのある雰囲気を生み出す。
半屋外のこういう空間がどこかに少しあると、
内と外が繋がり、くらしのシーンが豊かなものになる。

かつては縁側がそのような場所だったのだろう。
ちょっと立ち寄って、お茶でも飲める場所。
軽井沢あたりの昔のベランダ付別荘もそんな趣がある。
みんなそういう場所に無意識に惹かれるものだ。

なぜだろうか?

今までなんとなく、でうまく説明できずにいたが
最近、その理由を言語化できるような教えを頂けた。
それは
「お茶でも飲めそうな」雰囲気の場所には、
対立や勝ち負け、損得、良い悪い、といった
「二元対立の現実」を超えた世界が生まれてくるから、
ということ・・・。
そこには平和や調和が生まれてくる素地がある・・。

お茶を飲む、いう行為そのものには、
損得、善悪、勝負、上下などといったものはない。
二元的で対立した世界の現実の中で、
それを超えることの出来るのがお茶を飲んでいるひととき。

それは別に茶道をしているいないに限らず、
実は誰もが感じていることで、世界共通と言えそうだ。
確かに喫茶店で喧嘩しているような人はあまり見ない。

だからそういう行為(喫茶)に繋がる雰囲気を持つ場所に
人が無意識に引かれるのは、
当然のことなのかもしれない・・。

日本のくらしの日常の中には
かつてそういう平和を生み出す装置のようなものが
ごくあたりまえにあったのだなあ、とも思う。
感慨深い。平和で美しい国、日本。




そんなおうちで育ってほしい。
もうすぐ完成しますよ、ゆなちゃん。











| 森田建築設計事務所 現場レポート『M邸』改装工事 | 14:35 | - | - |
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